自傷行為(リスカ)がやめられない日々に苦しんでいた私が自傷行為をやめられた理由

〈※注意※〉

今回はちょっとヘビーな話です。

体を斬りつける表現、血などの描写があるため、グロテスクな表現が苦手な方はこちらの記事の観覧をお控えくださいm(_ _)m

自傷行為をしていない方もこちらの記事を読む可能性があると思いますが、興味本位で真似をしないで下さいね。なんにもいいことないです。今になってやっとわかったのですが、気分をスカッとさせる方法や精神を安定させる方法は他にもあります。

私が自傷行為を始めた理由と自傷行為をやめられない状態に陥った理由

私は高校生から二十代の半ばまで自傷行為を繰り返して生きてきました。

私の場合はカッターナイフなどで手首や腕を切っていたのですが、髪の毛を毟ったり、体中を爪で引っ掻いたりする軽い自傷行為も含めると幼少期からの問題で根はかなり深かったです。

現在は自傷行為をすることなく過ごしています。

(たまに抜毛症(ストレスにより髪を抜いてしまう)の症状が出ることはあります)

今回は、私がなぜ自傷行為(リストカットとアームカット)を始めたか、その理由と、なぜ自傷行為をしなくなったか、について書いていきます。

自傷行為を始めたキッカケ

自傷行為に至る理由は人それぞれでしょう。

私の場合は、ストレスを長年抱えていた時に何かのチラシの広告で「アームカットをしている女の子」を見たことから全てが始まります。

私がまだ高校生だった頃、私はインターネットに簡単にアクセスできるような環境に置かれていなかったため、それまで「リストカット」などというものを知らぬまま生きてきました。

「アームカットをしている女の子」は可哀想な女の子として取り上げられ、このような10代の子どもたちを救わなくてはならないという内容でしたが、私は「こんな方法があったのか!」と、そこで変なヒントを得てしまいました。

自分の手によって体を刃物で傷つけるという方法を知った私はしばらくは実行には移しませんでしたが、ある日体にちょっとした傷がついた時に何かが吹っ切れました。

初めて自傷行為をした時は、「切ると本当に血が出るんだ」「自分の手でこんなことができるんだ」と驚くと同時に、何かスカッとしたようにも思えました。

流れる血は赤く、それが不思議と美しく見え、その血を眺めていると苦しかった気持ちも落ち着き、精神安定剤を服用した時と同じような気持ちになりました。

私の場合は、自殺を試みようとしたわけではなく、誰かにかまってもらう目的で切っていたわけでもありません。(構ってほしいがために切る人は意外と少ないと思います)

苦しみや悲しみから解放されるための手段としてリスカを選んでいました。

しかし、ここからが地獄の始まりです。

エスカレートしていく自傷行為

最初はちょっと血が滲み出るくらいだったのですが、回数を重ねるごとにさらに刺激を求めるようになり、気がついたら皮膚がぱっくりと割れ、血が滴り落ちるくらい強めに切るようになってしまいました。

といっても、救急車で運ばれるほどではなく、「病院に駆け込むほどのレベルではないから平気だよな」と変に安心していたのを覚えています。

リスカにより自殺する気はなかったっものの、万が一深く切りすぎてこのまま死んでもむしろ幸せ、とあの頃は思っていました。

しかし、この頃にはもうリスカに依存しきっていました。

むしゃくしゃした時、人から人格否定された時、だれも助けてくれない時、死にたいのに死ねない時、切ると一瞬楽になるんです。

でもそれは一時的なもので、またすぐにどん底の闇の中に突き落とされます。

他に逃げ道がなかった

今思うと、あの時リスカでしか救われなかったのは、他に「逃げ道」がなかったからだと思います。

そもそも他の逃げ道を自分で作ることなんてできないと思っていましたし、リスカが一番スカッとできて自分はこれによって救われる道しかないと思い込んでいました。

苦しい時、誰にも認められずゴミ扱いしかされない時、ここには書けないような毎日を送った時も、私の心の中のぐちゃぐちゃなものをどこかに吐き出せる場などなく、周りに弱音も吐けず、狂気の中で生きなくてはならなかった時(実は今もそんな状況ですが)、「憎い自分」の体を傷つける。

力を込めて切った瞬間は「憎い自分」を切ってやった快感で心救われ、出てきた血を見てホッとする。

それしかなくて、それ以外には何もありませんでした。

しかし今、私は自傷行為をすることなく日々を過ごしています。

幸せになったわけでもうつ病が治ったわけでもありません。

第三者から肉体的精神的暴力を振るわれることもある生活で、日々限界を感じて生きています。

今日なんて数カ月ぶりに希死念慮に悩まされかけて、慌てて精神統一をしたほどです(;^ω^)

ではなぜ、自傷行為を繰り返していた時期と同じ苦しみの中に居ながら、私は自傷行為を行わずに生きているのでしょうか?

次項では、私が自傷行為をやめた理由について書かせて頂きます。

私が自傷行為がやめられない日々から抜け出せた理由

まず、10年ほど自傷行為を続けていたのに結果的には何も救われなかった、と気がついたことが自分の中では大きかったです。

自傷行為ってエネルギーを使う

切っている方はご存知かと思いますが、切って傷が治りかけてきた頃にかゆみを感じます。

真面目にガーゼと包帯で傷口のアフターケアをしていたのは初期の頃だけで、次第に面倒に思い傷口を保護せずに服を着用するようになりました。

すると、長袖だと服が傷口にひっつくんです。

面倒でした。

また、親戚に医師が居るのですが、その親戚にリスカバレしたときに淡々と語られたのが感染症の問題と、うっかり深く切ってしまった時の問題。

死んでもいいやと思っていたあの頃の私は、うっかり深く切ってもいいし…と思っていましたが、感染症の話が地味に怖いな、と感じました。

そこでその時から私は切る前と後に消毒をするようになったのですが、ここでさらに面倒くささが増します。

そして改めて考えてみたところ、「鬱で辛いのにリスカなんてしたらエネルギーを全てもってかれる」「よく考えたら面倒。他のストレス発散方法ないかな」と思うようになりました。

ここまでくるのに10年かかってしまいました(;´∀`)

自傷行為以外にもはけ口があるということに気づく

これもこれでどうなのかな、とは思いますが…私の場合はピアスを開けることによってリスカの衝動を押さえることに成功しました。

自傷行為から、自傷行為ギリギリな行為へと変えたのです。

いきなり自傷行為を完全にやめようとしていたら挫折していたかもしれません。

ただ、ピアスホールを増やしてスッキリする方法はオススメできません。

ちゃんと消毒をしないと雑菌が入って膿んだりもしますし、体に傷をつけることに変わりはないので。

Twitterの鍵垢に感情をぶちまけて乗り切った

私の場合は、何かあった時に自傷行為をするのを→ピアスを開ける行為に変え→Twitterに鍵アカウントを作って人目を気にせず心の毒をぶちまける…と、このように少しずつストレスの発散方法を変えていきました。

ピアスはオススメできませんが、鍵垢で自分の気持ちをぶちまける方法はオススメできます。

鍵をしばらくかけずにメンタル系のフォロワーさんを増やしていた時もありましたが、今は信頼できるメンタル系の友人のみと繋がり鍵垢にしています。

その方がネットでのトラブルが減ると思ったからです。

あとは、人目を気にせずに気持ちをぶちまける目的で作ったのに結局本音で語れなくなってしまったので閉鎖的なアカウントにしました。

何かのキッカケで特定されても困りますし(;´Д`)

現在の私の生活

私は今は自傷行為はしなくなったものの、むしゃくしゃして髪をざっくり切ってしまったり(伸ばしたいのに)することがあって、その瞬間は気持ちが良いのですが髪はすぐには伸びませんし、後悔しますね。

あとはヘアカラーとかに逃げることもありますかね。

全然衝動を押さえられていない感じはありますけど、自傷行為(リスカ)からは解放されました。

個人的な意見ですが、「自傷行為をやめてひたすら苦しみに耐える」のではなく、「自傷行為以外の逃げ道を探す」ことが大事だと思います。

逃げ道を探す時は「逃げ道を探さなきゃ…」と焦ると逆にストレスになるので、「なんか気分転換できることないかな〜」ぐらいのノリで探すと良いと思います。

あと、もうカッターナイフが目の前にあっても切りはしないと思うのですが、私はカッターナイフを家に置くのはやめました

自傷行為で悩んでいる方のヒントになれば良いなと思い書いてみたのですが、意外とあるあるネタだったらすみません(;^ω^)

またきわどい内容を書くこともあると思いますが、その際は今回のように注意書きをさせて頂きます。

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